ぱとすの人

短歌同人誌「ぱとす」に掲載した文章や編集後記を公開します。

We shall be released.

『チョコレートドーナツ』という10年前にアメリカで製作された映画を観ました。原題は「Any Day Now」で、これはザ・バンドの名曲「I Shall Be Released」の歌詞の一節です。実はザ・バンドのこの曲を聴きたくなってたまたまYouTubeでいろいろなカバーを聴いているときに、この映画で主演したアラン・カミングが劇中で「I Shall Be Released」を歌うシーンを編集した動画を見つけて、この動画が非常に素晴らしく、それから興味を持ってこの映画を観ました。

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 ゲイの男性のカップルがダウン症の少年を引き取り、ふたりがこの少年の両親として愛情を注いで三人の家族で幸せな生活を送れるようになりますが、法的な問題によりこの少年が引き離され、悲劇的な結末を迎える物語です。同性愛への差別などかなりシビアな現実が描かれていました。
 アラン・カミングはルディというドラァグクイーンを演じていました。ドラァグクイーンとは男性が女装してダンスや歌のパフォーマンスをみせることで、ド派手な衣装を身にまとってクラブのステージに立ちます。マツコ・デラックスミッツ・マングローブなどバラエティ番組で活躍している芸能人により広く社会的に知られ、急逝した三浦春馬が「キンキーブーツ」というニューヨークで成功したミュージカルで主役のドラァグクイーンを演じたことでも話題になりました。
 邦題のチョコレートドーナツはダウン症の少年マルコの好物です。何が食べたいかと尋ねられたマルコがチョコレートドーナツと答えるシーンがあります。これにアラン・カミング演じるルディは体に良くないからだめだと言います。同時に、ルディの恋人で検事のポールは「ちょっとなら問題ない」と言ってこれを許すのです。ルディとポールはゲイのカップルですが、ルディが母性、ポールが父性を発揮して、理想的な家族を築いていったと思われます。
 マルコは家庭裁判所の手続きにより実の母親の元に返されてしまいます。この母親は麻薬中毒で、子供を育てる資格も能力もありません。マルコは家の外に出され、しばらく街を彷徨ったのちに亡くなります。おそらく糖尿病の合併症でマルコはほとんど目が見えなくなっていたでしょう。それでも彼は光の方へ向かって歩き続けます。これは私たち自身の姿であり、ハッピイエンドの物語が好きだったというマルコの願いは私たちの人生の願いでもあります。

(「ぱとす」2022年1・2月号より)

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ヤマザキのチョコドーナツ