磯田ひさ子第五歌集『ヒヤシンス』を読みました。次にその感想を書きます。
・言ひたきを言はざるいくつほろほろと桃の蕾はこぼれ易くて
上の句と下の句の取り合わせが絶妙です。短歌ではすっかり説明的にならないほうが良いとよく言われますが、良質のコミュニケーション全般にそれは言えることかもしれません。
・待つといふ心躍りに畳替へ産着を縫ひて祖母らしくゐる
磯田さんのなんと九人目のお孫さんを迎えるときの歌です。結句の自画像が微笑ましくユーモラスです。
・こころざし残る椿か花も葉も落ちてなかなか土に還らず
椿にも何かしらこの世への未練や誇りがきっとあるのでしょう。
・水盤に組みたる万年青の赤き実に歳神様の宿る気配す
私も万年青が好きなのでこの感覚はよくわかります。私は万年青を枯らしてしまい後悔しています。
・ましぐらの老いの越しゆきいつしらに軽くなりたる心に惑ふ
磯田さんのご近所の老人が引っ越ししたときの歌。一気にその引っ越しがなされ、磯田さんは何か気軽な気分になった機微を詠まれます。
・人妻を盗みし『伊勢』の十二段 武蔵の奥に宿れば浮かぶ
・『伊勢』と言ひ『源氏』と言ひて過ぐしたる日々ほんたうに在つたのだらうか
伊勢物語も源氏物語も読んだことがないのですが、確か橋本治が伊勢物語第十二段をモチーフに書いた小説があって私もこの話は知っています。國學院ご出身の磯田さんは古典文学を集中的に学ばれた時期があり、おそらく熱中していたがゆえにその日々が夢のようだと詠まれているのです。
・大往生遂げて天晴れ跡かたもなく消え去りしわが生れし家
・行儀よく生き来しわれの矮小を笑ふほかなしただの人なり
・仏壇がありて神棚がありし家 失ひたればいづこへ還る
磯田さんのおそらく立派だった生家を取り壊したときの感慨を詠まれた作品です。私たち人間が還るべき場所とはどこなのでしょう。
・脅されて育ちしわれかさくら川の橋のたもとに拾ひし児とぞ
これはひどいなあと思います。現代の子育てだったら問題になる発言かも。
・刈り伏せの藁こそなけれ兵粮にコロナ退治のマスクを備ふ
二〇二〇年にコロナの流行が始まったときの歌。ウイルスの襲来を戦国時代の敵の襲来に見立ててユーモラスに詠まれています。
・破天荒 仕事大好き ボヘミアン振り幅大き父楽しかりしよ
磯田さんのお父様を詠まれた歌で、かなり魅力的な人物として周囲の人から愛されていたのだと思います。
・あしひきの山の見えざる街に住み心ひらたくなりてしまひぬ
人間の精神は環境によってつくられます。都会で暮らすようになった人の多くが感じる不全感に近いものでしょうか。
・海へ行き山へも行かむそのうちと願ひ来しこと今日はじめたり
これは私も教訓として受け止めたいです。人が思っているよりも人生は短いのかもしれません。
・まつさらな明日にするため夜の更けをアルミの大鍋きしきし磨く
人生は毎日が誕生日であり、人は明日この世に初めて生れてくるような気持ちで眠りにつくべきなのでしょう。
・誕生日の娘にアネモネの花束を贈りし日なり三月十一日
・生年のかたへにおびただしき命日が横たはりゐて苦しと言ひぬ
・四十代をうつむきがちに過ごしたる娘よ生日を胸張りてあれ
三月十一日は東日本大震災の発生日であり、磯田さんの娘さんのお誕生日でもあるようです。上皇陛下はお誕生日である十二月二十三日に昭和天皇にお仕えしていた政治家・軍人を戦犯として処刑されました。何があっても人がこの世に生まれてきたことの喜びは揺るがないと私は信じています。
・水平線に落つる夕陽を共に見る少女よ汝の思ひ出になれ
磯田さんの病から回復された十歳のお孫さんとの体験を詠まれた歌。肉親への深い愛情に読者も暖かい気持になります。
・ふるさとのいまだ青みの残る梨まづは仏にお供へ申す
歌集のあとがきに「平凡な日常こそ、私の最も大切にするところ」とあります。それは亡き人とともに日常を営んでいる磯田さんのモットーなのだと思います。
・がつしがつし巨人の歩み光太郎の履きし革靴 長靴大き
高村山荘として知られる高村光太郎記念館を訪れたときの歌。私も岩手県花巻市を旅してここを訪れたことがあります。ボランティアらしきガイドの方がいろいろ説明して下さったのを懐かしく思い出しました。
・暮れはやき空に北極星光る大丈夫 大丈夫まだ闘へる
磯田さんの夫にかなり深刻な病気が発症したときの歌です。読者も空を見上げてご回復を祈りたくなります。
・コロナ禍の前のやうには戻れぬと半夏生の白がささやく
半夏生はどのような植物かと調べたところ、葉が白くなるのですね。元には戻らない不安と寂しさを感じます。
・人のために力を尽くししことありや心底浄らを通し来たるや
しかしこのように自分を振返り自問すること以上に清浄な心というものが果たしてあるのでしょうか。下の句のように自らに問い掛けることは、少なくとも自分自身に対して誠実であることの証しであることは間違いないと思います。
・はるばると来たる思ひの浅草寺に病気平癒のお守りを受く
磯田さんが地元浅草の人であることを思うと初句の感慨に胸を打たれます。
・体力は耐力ならむ老いづけば悲しきことは くはばらくはばら
人が受け止めることのできる悲しみの大きさには限界があります。その限界を超える場合は、精神治療や宗教による救いが必要になります。私たちが自分の体の健康を気遣って病を避けるように、悲しみをできるだけ避けて生きる知恵が仏教であると私は最近気付きました。
・去年咲きし花といへども同じもの一つだになし人の心も
諸行無常と言いますが、この歌は人の心も変化してやまないと言います。
・立ち尽くす一本の塔 月のなき夜はひそかに身ぶるひをする
東京スカイツリーを詠まれた歌です。ウィットに富んだ作品で、本当にありそうな気もしてくるから不思議です。
・下町のスカイツリーをけぶらせて夏のはしりの雨しろく降る
二十一世紀の新しい東京の情景ですが、どこか江戸時代の絵師が描いた場面を見ているようです。
(初出:「ぱとす」2025年冬号)

磯田ひさ子歌集『ヒヤシンス』