ぱとすの人

短歌同人誌「ぱとす」に掲載した文章や編集後記を公開します。

ぱとす2026年夏号後記

大田区西六郷公園(タイヤ公園)

 ぱとす夏号をお届けします。表紙の写真は大田区にある都市公園で、地元ではタイヤ公園と呼ばれています。この大怪獣は八メートルの高さがあり近くで見ると迫力満点です。


 岡野弘彦さんが四月二十四日に亡くなりました。百一歳だったそうです。文化勲章受賞者で歌壇での影響力も大きく、岡野先生から薫陶を受けた歌人は数百人とも数千人とも言われています。
 私の両親は國學院大學の出身者で学生時代に岡野先生の講義やゼミに出席しました。父は修士課程まで進学しており、卒業後には「地中海」でも岡野先生のグループで指導を仰ぎましたので、だいぶ長い期間お世話になりました。
 母も岡野先生が引率で学生を連れていく万葉旅行でお世話になり、三重県にある岡野先生の生家にも案内されたそうです。その家には池があり大きな鯉が泳いでいて、母は岡野先生から「君だけに教えるけど、この鯉はもともと金魚だったんだ」と言われたらしいです。岡野先生が学生に語る鉄板の与太話だったのではないでしょうか。


 梅雨入りしても過しやすい気候の毎日が続いていますが、予報では今年の夏もだいぶ暑くなるとか。皆様どうか熱中症に気を付けてお過ごし下さい。


(初出:「ぱとす」2026年夏号)

 

「ぱとす」2026年夏号表紙

 

若松颯歌集『在の一本気』感想

 若松颯第六歌集『在の一本気』を読みました。次にその感想を書きます。

・震源地能登の苦難をこそ思へ屠蘇も薫らぬ元旦の怪
 二年前の能登半島地震が発生したときの歌です。震災はいつ起きてもおかしくないはずですが、この一月一日に地震が発生したときは私も何か不思議な感じがしました。

・被災地の救助作業に大雪か・・・滞りゐん凍えてもゐん
 震災に大雪も重なり被災地は大変でした。心配になられた若松さんの気持ちが下の句に素直に表現されています。

・晴ればれとジャガ藷畑の土寄せす。昨日の雨に薫りたつ土
・スズメたち砂浴びしては我を見る昼墾畑の平安のなか
 畑作業中の場面を詠まれた二首。私は畑作業の経験がほとんどなく、この情景を羨ましいと思いながら読みました。

・「父の日」に息子の呉れし腕時計この重厚の勿体の無さ
 大事な贈り物であり、そのあまりの立派さに少し戸惑いを覚えておられます。

・未知病の部位を胸部にかかへつつ後生大事の一首をものす
 ご自身に病気が発見され若松さんも不安になったはずですが、こうして自分の歌のことをまず考えるのが歌人であり、歌人の強さなのだと思いました。

・をちこちの花の報せを見聞きして抑へがたかり 老いの欲望
 年を取って春の花の季節を迎えると、ますますその花を愛でたいという気持ちが湧いてくるのですね。

・わが最期までの長さを計りゐる時計はづさず 昼寝さへする
 人生の時間を惜しむ気持ちが表現された作品でしょうか。昼寝しているときも大事なわが人生の時なのです。

・待つことの久しき末の男孫きぬ 付録のやうに其の父も馳せ
 付録という表現がユーモラスです。孫への愛情が伝わってくる歌です。

・霜降りの髭剃りあげし頤をひりり疼かせ春の夕風
 下あごに生えた髭の色の霜降りという表現が洒落ています。理髪店を出ていくときの独特の爽やかさが伝わります。

(初出:「ぱとす」2026年春号)

 

 

ぱとす2026年春号後記

梅と魚籃観音像

 

 今年最初のぱとすをお届けします。ページがずいぶんと薄い号になりましたが、めげずに今年も頑張りましょう。

 表紙の写真は大田区仲池上の私有地にある梅と魚籃観音像です。この仏像は三年ぐらい前に突然この場所に出現しまして、何か事情があって一時的に置かれているのかとずっと思っていました。
 それからいつも花などのお供え物があるようになり、正式に安置されているらしいことがわかりました。

 

憂いを含むお顔

 AIにこの魚籃観音像の歴史と由来を訊ねたところ「建立の時期は一九五一年(昭和二六年)で、かつて同じ仲池上(旧・上池上町)にあった三和水産株式会社の工場内に建立されました。当時、クジラの加工などを行っていた同社が、命を落とした魚介類や動物たちの霊を慰める魚族供養のために祀ったものです。現在の仲池上一丁目二番地へは、建物の建て替えや拠点の整理に伴い、三年ほど前に改めて現在の台座に安置し直されました。台座や周囲の整備が三年ほど前に行われたため、一見すると新しいものに見えますが、観音像本体(石仏)は七〇年以上もの間、仲池上の地で魚たちの供養を続けてきたものです。地域の方々や会社の方が、この仏像だけは失くしてはならないと守り続けてきたという、非常に情熱のこもったエピソードを持つ仏像」なのだそうです。

 

 

 アメリカが主導して旧国際秩序は完全に崩壊し、高市自民党は衆院選で圧勝。これから日に日に世界は悪くなりますし、それは気のせいではありません。
 しかし、この世界に本当に存在しているのは阿頼耶識だけで、あなたがいま読んでいる「ぱとす」も実はまぼろしなのですが、この唯識仏教の話はまた別の機会に。 

(初出:「ぱとす」2026年春号)

 

「ぱとす2026年春号」表紙

 

岩井謙一歌集『バベルの時代』感想

 岩井謙一第六歌集『バベルの時代』を読みましたのでその感想を書きます。

・いつわらぬ影が伸びしてあくびする冬の夕べの深まりたれば
 猫の伸びする姿を描写した歌でしょう。確かに偽りが微塵もない生き物です。

・戦なき世に生きたれば履歴書に断絶あらずボールペン置く
 すでにほとんどの日本人にとって戦争は未経験です。このまま未経験で人生を終えるか、高市政権の発足によってにわかにわからなくなりましたが。

・深呼吸ときに聞こえる庭の土はるか地球とつながっている
 環境を大事にして私たちは生かされているという感覚を全ての人類が共有すべきでありましょう。

里山に小さき地蔵の住みいたり水新しく花あたらしき
 下の句で大切にされていることがわかる地蔵に私も手を合わせたくなります。

・地動する惑星にあり感じざる大き回転ひと日が進む
 着眼点が面白い歌。私たちがあまりに小さい存在であるがゆえに当り前のことを感じることなく日々が繰り返されています。

・編みゆくに指のみであるsystemにバベルの塔の完成近し
 スマホを操作してなされるSNSの隆盛に代表されるネット社会の現状を詠んでいると思われます。完成が近いということは崩壊が近いということでしょうか。

・惜しげなく歩道のすみに香を落とし金木犀という道しるべ
 金木犀の大きな魅力である香りを上手に詠まれた作品。

・妻飼いしシャム猫青き瞳にて見上げる空あり額縁のなか
 この猫の絵が歌集の表紙に使われています。洋猫は独特の高貴な雰囲気があります。

・イエス言う「罪なき人から石投げよ」罪なき人のあまたいるらし
 ネットで繰り返される誹謗中傷を諫めておられます。現代は自分の罪と向き合うことの出来ない悲しい人々が溢れかえっています。

・焼酎の香り吐きつつ同僚とかたりし終電たまの金曜
 遅くまで働き飲んで帰った日を懐かしんでおられるのでしょうか。

・猫の灰小さきつぼに入れたるは妻にありたりわれにはあらず
 愛猫を葬ったときを思い出して詠まれた歌。特にその時の感傷は表現されていませんが、作者がこの世を去るときまで記憶される光景のように思えます。

(初出:「ぱとす」2025年冬号)

 

 

磯田ひさ子歌集『ヒヤシンス』感想

 磯田ひさ子第五歌集『ヒヤシンス』を読みました。次にその感想を書きます。

・言ひたきを言はざるいくつほろほろと桃の蕾はこぼれ易くて
 上の句と下の句の取り合わせが絶妙です。短歌ではすっかり説明的にならないほうが良いとよく言われますが、良質のコミュニケーション全般にそれは言えることかもしれません。

・待つといふ心躍りに畳替へ産着を縫ひて祖母らしくゐる
 磯田さんのなんと九人目のお孫さんを迎えるときの歌です。結句の自画像が微笑ましくユーモラスです。

・こころざし残る椿か花も葉も落ちてなかなか土に還らず
 椿にも何かしらこの世への未練や誇りがきっとあるのでしょう。

・水盤に組みたる万年青の赤き実に歳神様の宿る気配す
 私も万年青が好きなのでこの感覚はよくわかります。私は万年青を枯らしてしまい後悔しています。

・ましぐらの老いの越しゆきいつしらに軽くなりたる心に惑ふ
 磯田さんのご近所の老人が引っ越ししたときの歌。一気にその引っ越しがなされ、磯田さんは何か気軽な気分になった機微を詠まれます。

・人妻を盗みし『伊勢』の十二段 武蔵の奥に宿れば浮かぶ
・『伊勢』と言ひ『源氏』と言ひて過ぐしたる日々ほんたうに在つたのだらうか
 伊勢物語源氏物語も読んだことがないのですが、確か橋本治伊勢物語第十二段をモチーフに書いた小説があって私もこの話は知っています。國學院ご出身の磯田さんは古典文学を集中的に学ばれた時期があり、おそらく熱中していたがゆえにその日々が夢のようだと詠まれているのです。

・大往生遂げて天晴れ跡かたもなく消え去りしわが生れし家
・行儀よく生き来しわれの矮小を笑ふほかなしただの人なり
・仏壇がありて神棚がありし家 失ひたればいづこへ還る
 磯田さんのおそらく立派だった生家を取り壊したときの感慨を詠まれた作品です。私たち人間が還るべき場所とはどこなのでしょう。

・脅されて育ちしわれかさくら川の橋のたもとに拾ひし児とぞ
 これはひどいなあと思います。現代の子育てだったら問題になる発言かも。

・刈り伏せの藁こそなけれ兵粮にコロナ退治のマスクを備ふ
 二〇二〇年にコロナの流行が始まったときの歌。ウイルスの襲来を戦国時代の敵の襲来に見立ててユーモラスに詠まれています。

・破天荒 仕事大好き ボヘミアン振り幅大き父楽しかりしよ
 磯田さんのお父様を詠まれた歌で、かなり魅力的な人物として周囲の人から愛されていたのだと思います。

・あしひきの山の見えざる街に住み心ひらたくなりてしまひぬ
 人間の精神は環境によってつくられます。都会で暮らすようになった人の多くが感じる不全感に近いものでしょうか。

・海へ行き山へも行かむそのうちと願ひ来しこと今日はじめたり
 これは私も教訓として受け止めたいです。人が思っているよりも人生は短いのかもしれません。

・まつさらな明日にするため夜の更けをアルミの大鍋きしきし磨く
 人生は毎日が誕生日であり、人は明日この世に初めて生れてくるような気持ちで眠りにつくべきなのでしょう。

・誕生日の娘にアネモネの花束を贈りし日なり三月十一日
・生年のかたへにおびただしき命日が横たはりゐて苦しと言ひぬ
・四十代をうつむきがちに過ごしたる娘よ生日を胸張りてあれ
 三月十一日は東日本大震災の発生日であり、磯田さんの娘さんのお誕生日でもあるようです。上皇陛下はお誕生日である十二月二十三日に昭和天皇にお仕えしていた政治家・軍人を戦犯として処刑されました。何があっても人がこの世に生まれてきたことの喜びは揺るがないと私は信じています。

・水平線に落つる夕陽を共に見る少女よ汝の思ひ出になれ
 磯田さんの病から回復された十歳のお孫さんとの体験を詠まれた歌。肉親への深い愛情に読者も暖かい気持になります。

・ふるさとのいまだ青みの残る梨まづは仏にお供へ申す
 歌集のあとがきに「平凡な日常こそ、私の最も大切にするところ」とあります。それは亡き人とともに日常を営んでいる磯田さんのモットーなのだと思います。

・がつしがつし巨人の歩み光太郎の履きし革靴 長靴大き
 高村山荘として知られる高村光太郎記念館を訪れたときの歌。私も岩手県花巻市を旅してここを訪れたことがあります。ボランティアらしきガイドの方がいろいろ説明して下さったのを懐かしく思い出しました。

・暮れはやき空に北極星光る大丈夫 大丈夫まだ闘へる
 磯田さんの夫にかなり深刻な病気が発症したときの歌です。読者も空を見上げてご回復を祈りたくなります。

・コロナ禍の前のやうには戻れぬと半夏生の白がささやく
 半夏生はどのような植物かと調べたところ、葉が白くなるのですね。元には戻らない不安と寂しさを感じます。

・人のために力を尽くししことありや心底浄らを通し来たるや
 しかしこのように自分を振返り自問すること以上に清浄な心というものが果たしてあるのでしょうか。下の句のように自らに問い掛けることは、少なくとも自分自身に対して誠実であることの証しであることは間違いないと思います。

・はるばると来たる思ひの浅草寺に病気平癒のお守りを受く
 磯田さんが地元浅草の人であることを思うと初句の感慨に胸を打たれます。

・体力は耐力ならむ老いづけば悲しきことは くはばらくはばら
 人が受け止めることのできる悲しみの大きさには限界があります。その限界を超える場合は、精神治療や宗教による救いが必要になります。私たちが自分の体の健康を気遣って病を避けるように、悲しみをできるだけ避けて生きる知恵が仏教であると私は最近気付きました。

・去年咲きし花といへども同じもの一つだになし人の心も
 諸行無常と言いますが、この歌は人の心も変化してやまないと言います。

・立ち尽くす一本の塔 月のなき夜はひそかに身ぶるひをする
 東京スカイツリーを詠まれた歌です。ウィットに富んだ作品で、本当にありそうな気もしてくるから不思議です。

・下町のスカイツリーをけぶらせて夏のはしりの雨しろく降る
 二十一世紀の新しい東京の情景ですが、どこか江戸時代の絵師が描いた場面を見ているようです。

(初出:「ぱとす」2025年冬号)

 

磯田ひさ子歌集『ヒヤシンス』

 

ぱとす2025年冬号後記

小金井公園SL展示場の機関車

 

 ぱとす冬号をお届けします。編集後記を書く余力がなくて、昔の第一次『ぱとす』の甲村秀雄の編集後記を再掲します。
セザンヌの絵を美術評論家は、例えば〝このような確かな構図によって描かれているので優れている〟のだと言う。ミロのヴィーナスと呼ばれているあの像を、美術評論家たちはいろいろ分析してみせて、なぜ優れているか私たちに教えてくれる。例えば岡井隆の作品についてもそうだ。岡井の歌が一冊の歌集になれば、そのこんにち的な文学的意義を見事に図式的・論理的に解説してくれる。それを読んで、たいていの人はこれで岡井を少し理解したような気持ちになる。少なくとも読む前に比べて岡井に対する理解を深めたような気になる。しかし、理解を深めたのは岡井論を書いたその書き手に対してであって、岡井の歌についてではないと思うのだ。もしも岡井が歌人であり、ゴッホやモネが画家であり、シューベルトが音楽家であるとすれば彼等は潜在意識に頼ったはずだ。その他人の潜在意識をいくつかの作品を目にしただけで捉ええるなどということはありえないわけで、だからあまりにもうまくいきすぎている作家論・作品論といったものは信用できないのだ。もともと文学・芸術といったものは反科学的なもので、まさしく筋書きのないドラマである。私たちはドラマそのものに感動するからそれを優れているとするのであって、筋書きに感銘して優れていると思うことはない。今、歌壇には分析のうまい科学者や技術者のような歌人が多い。」(『ぱとす』一九八〇年七月号)

「ぱとす」1980年7月号表紙

 

 よいお年をお迎えください。

(「ぱとす」2025年冬号より)

 

「ぱとす」2025年冬号表紙

 

山本淑美歌集『かひあはせ』感想

 山本淑美歌集『かひあはせ 第四集』を読みました。私はかつてナイルの歌会の席で何度か山本さんとご一緒しました。山本さんは平成十六年に第一歌集『かひあはせ』を上梓され、その後もかひあはせというタイトルの歌集を刊行して本書が第四歌集になります。

・緊張の塊背負ひ歌会の言葉拾ふをひと日の悦と
 歌会は慣れた歌会で何度参加しても緊張するものです。緊張が失われるとつまらない歌会になってしまうので参加者は一生懸命です。

・庭すみに露にぬれたる黒あげは羽根をたたみて朝日待ちゐる
 蝶が露に濡れているとは何とも美しいなあと思います。アゲハはどんな様子でも美しいですね。

フェルメールの描きし少女は横向きも動くわたしを逃さず目で追ふ
 フェルメールの代表作「真珠の耳飾りの少女」でしょう。「青いターバンの少女」とも呼ばれるそうです。このモデルが誰なのかは諸説あって結局わからず、ミステリアスな魅力が様々に語られ、この歌ではその視線に注目して詠まれています。

・夕暮れの空に浮かべるちぎれ雲いづくに流るるそれぞれの旅
 旅人をちぎれ雲、ひいては自分自身を雲に譬えている。人生は旅。かつて別れたあの人はどうしているだろうと思うことが私も多くなりました。

・昼下りブルーシートを広げゐる欠伸の若人花見の夜待ち
・賑はひの昼も過ぎゆき桜花休む間もなしライトアップに
 花見シーズンの様子を詠まれた二首。一首目は職場のお花見の場所取りを任された若者でしょうか。二首目は桜の休む暇もないという擬人がユーモラスです。

・灼熱の太陽の下カサブランカ白を誇りと涼しげに立つ
 カサブランカはユリの品種の一つですね。本当に立派な大輪を咲かせます。山本さんはその白さに気高さと親しみを感じておられます。

・凍てる夜の空にひとつの枯木星眠れる露地の少し明るく
 枯木星をネットで調べると「雨の少ない干ばつの夜に、空が澄み渡って星が明るく見える様子」と「葉が落ちて見通しの良くなった枯木の枝越しに見える星をこう呼ぶ」とあり、どちらも俳句の季語でまったく正反対の夏と冬の両方の意味が記されていました。ここではもちろん冬の意味で使われています。

・墓参り「ごぶさたでした」と話しかけ煙のゆくへにしばしの思ひを
・線香のひとすぢ目守り去り難くうしろの八ヶ岳に見守り願ふ
 山本さんは数年前に夫を亡くされ、その墓参りを詠まれた二首。亡き人を偲んで墓参りする姿を想像して心が打たれます。

・逝き人の写真を膳に新年を静かに迎ふ華やぎも見ゆ
 新年を故人とともに迎える作者。様々な家庭に様々な正月があるのだと思いました。

・線香の煙で歌集も色変はり夫も読みしか感想聞きたし
 線香を仏前でひんぱんに焚いているのでしょう。香りも歌集に移っていると思います。

・小さき花遅きに開くも強き風に散りゆく命か然れども強し
 遅咲きの花は小さく、また強い風に散ると歌われています。その花の命の強さの証しがこの歌集なのでしょう。

(「ぱとす」令和七年秋号より)