岩井謙一第六歌集『バベルの時代』を読みましたのでその感想を書きます。
・いつわらぬ影が伸びしてあくびする冬の夕べの深まりたれば
猫の伸びする姿を描写した歌でしょう。確かに偽りが微塵もない生き物です。
・戦なき世に生きたれば履歴書に断絶あらずボールペン置く
すでにほとんどの日本人にとって戦争は未経験です。このまま未経験で人生を終えるか、高市政権の発足によってにわかにわからなくなりましたが。
・深呼吸ときに聞こえる庭の土はるか地球とつながっている
環境を大事にして私たちは生かされているという感覚を全ての人類が共有すべきでありましょう。
・里山に小さき地蔵の住みいたり水新しく花あたらしき
下の句で大切にされていることがわかる地蔵に私も手を合わせたくなります。
・地動する惑星にあり感じざる大き回転ひと日が進む
着眼点が面白い歌。私たちがあまりに小さい存在であるがゆえに当り前のことを感じることなく日々が繰り返されています。
・編みゆくに指のみであるsystemにバベルの塔の完成近し
スマホを操作してなされるSNSの隆盛に代表されるネット社会の現状を詠んでいると思われます。完成が近いということは崩壊が近いということでしょうか。
・惜しげなく歩道のすみに香を落とし金木犀という道しるべ
金木犀の大きな魅力である香りを上手に詠まれた作品。
・妻飼いしシャム猫青き瞳にて見上げる空あり額縁のなか
この猫の絵が歌集の表紙に使われています。洋猫は独特の高貴な雰囲気があります。
・イエス言う「罪なき人から石投げよ」罪なき人のあまたいるらし
ネットで繰り返される誹謗中傷を諫めておられます。現代は自分の罪と向き合うことの出来ない悲しい人々が溢れかえっています。
・焼酎の香り吐きつつ同僚とかたりし終電たまの金曜
遅くまで働き飲んで帰った日を懐かしんでおられるのでしょうか。
・猫の灰小さきつぼに入れたるは妻にありたりわれにはあらず
愛猫を葬ったときを思い出して詠まれた歌。特にその時の感傷は表現されていませんが、作者がこの世を去るときまで記憶される光景のように思えます。
(初出:「ぱとす」2025年冬号)
