ぱとすの人

短歌同人誌「ぱとす」に掲載した文章や編集後記を公開します。

ぱとす2026年秋号後記

五智如来坐像(京都・安祥寺蔵)

 

 ぱとす秋号をお届けします。表紙の仏像は九月六日まで東京国立博物館で開催されていた「空海と真言の名宝」展の写真撮影可能エリアに展示されていたのを私がスマホで撮りました。

 密教の秘仏や絵画、絵巻や書跡など国宝がまさに集結した展覧会でしたが、これらにはあまり興味はありませんでした。ただ、空海については以前からその教えに深い関心があり、香川進の生前最後の歌が「空海の生れしさとの善通寺おだやかにして塔のおもかげ」ですから、私も地中海所属の者として空海についてしっかり学びたくて暑い盛りに展覧会に行きました。

 

阿弥陀如来

大日如来

愛染明王



 

 今年の夏は昨年ほどの猛暑にはなりませんでしたが、大雨による水害が各地で発生しました。自然災害の発生は油断することなく備えが大切です。

(初出:「ぱとす」2026年秋号)

 

「ぱとす」2026年秋号表紙

 

荒牧建二歌集『野の花』感想

 荒牧建二さんの歌集『野の花』を読みました。荒牧さんは國學院大學を卒業されたあと長く教職にあった方で、平成二十一年からナイルに参加されていました。ナイルは荒牧さんのように文語や古語をきちんと使って歌を作る同人は少なかったので、私は作品を楽しみに読んでいました。
 ご出版おめでとうございます。

・如月の冷たき風もこれまでか明日は弥生の花風待たむ
・ひめうつぎ無粋な花と思ひきや薄くれなゐの姿あでやか
・花びらは身を寄せ合ひて黄金色金木犀の香に満つる庭
・風に乗せ運べるものなら届けたし金木犀の香を亡き妻に
・咲き終へて路傍に茂る石蕗は行く人ごとに会釈してをり
・かはたれの岸辺の藪に白鷺の塑像となりて日の出かた待つ
・湧き上がる入道雲に負けじとて日がな一日蝉しぐれ降る
・彼岸花に紋付き姿の黒揚羽姉の葬儀に彼岸の使者か
・言はむすべ為すすべなくば一杯の酒の教へに任すにしかず
・昨日までの平凡こそが幸福とつくづく悟る妻の病室
・談笑に遺影はこれよと決めたるを笑顔のゆゑに妻なほ愛し

(初出:「ぱとす」2026年夏号)

 

 

地中海は父の青春

「地中海」2026年8月号

 私の父である甲村秀雄は地中海に二度参加しています。一度目は岡野弘彦先生の指導の下での参加でした。
 二度目の参加は香川進先生の「『ぱとす』を潰さないことを条件に、地中海に戻って来い」という一言で決まったそうで、役員になって総務を担当しました。香川先生の現代大家墨跡展や地方出張などのサポートに奔走し、『香川進全歌集』の編纂を成し遂げました。父が香川先生に近侍して大事な役目を果たせたのは、当時の同人の皆様のお力添えがあったからだと思います。改めて父に代わりまして感謝を申し上げます。
 地中海を退会した後も父は晩年に至るまでずっと香川先生に心酔しておりました。香川先生の思い出を語る父の表情は、憧れのヒーローの魅力を語る少年のように輝いていました。

 

日光東照宮四百年式年大祭記念「文墨奉納際」ポスター

 平成二十七年に日光東照宮四百年式年大祭で奉納短歌の選者を務めました。父の郷里は徳川家康に縁の深い愛知県岡崎市でして、家康公が祀られている東照宮に歌人として奉仕できるのはとても名誉なことですから、父は嬉しかっただろうと思います。
 父は昨年一月に八十三歳で生涯を閉じました。法名は光歌院釋秀道と申します。

(初出:「地中海」2026年8月号)

ぱとす2026年夏号後記

大田区西六郷公園(タイヤ公園)

 ぱとす夏号をお届けします。表紙の写真は大田区にある都市公園で、地元ではタイヤ公園と呼ばれています。この大怪獣は八メートルの高さがあり近くで見ると迫力満点です。


 岡野弘彦さんが四月二十四日に亡くなりました。百一歳だったそうです。文化勲章受賞者で歌壇での影響力も大きく、岡野先生から薫陶を受けた歌人は数百人とも数千人とも言われています。
 私の両親は國學院大學の出身者で学生時代に岡野先生の講義やゼミに出席しました。父は修士課程まで進学しており、卒業後には「地中海」でも岡野先生のグループで指導を仰ぎましたので、だいぶ長い期間お世話になりました。
 母も岡野先生が引率で学生を連れていく万葉旅行でお世話になり、三重県にある岡野先生の生家にも案内されたそうです。その家には池があり大きな鯉が泳いでいて、母は岡野先生から「君だけに教えるけど、この鯉はもともと金魚だったんだ」と言われたらしいです。岡野先生が学生に語る鉄板の与太話だったのではないでしょうか。


 梅雨入りしても過しやすい気候の毎日が続いていますが、予報では今年の夏もだいぶ暑くなるとか。皆様どうか熱中症に気を付けてお過ごし下さい。


(初出:「ぱとす」2026年夏号)

 

「ぱとす」2026年夏号表紙

 

若松颯歌集『在の一本気』感想

 若松颯第六歌集『在の一本気』を読みました。次にその感想を書きます。

・震源地能登の苦難をこそ思へ屠蘇も薫らぬ元旦の怪
 二年前の能登半島地震が発生したときの歌です。震災はいつ起きてもおかしくないはずですが、この一月一日に地震が発生したときは私も何か不思議な感じがしました。

・被災地の救助作業に大雪か・・・滞りゐん凍えてもゐん
 震災に大雪も重なり被災地は大変でした。心配になられた若松さんの気持ちが下の句に素直に表現されています。

・晴ればれとジャガ藷畑の土寄せす。昨日の雨に薫りたつ土
・スズメたち砂浴びしては我を見る昼墾畑の平安のなか
 畑作業中の場面を詠まれた二首。私は畑作業の経験がほとんどなく、この情景を羨ましいと思いながら読みました。

・「父の日」に息子の呉れし腕時計この重厚の勿体の無さ
 大事な贈り物であり、そのあまりの立派さに少し戸惑いを覚えておられます。

・未知病の部位を胸部にかかへつつ後生大事の一首をものす
 ご自身に病気が発見され若松さんも不安になったはずですが、こうして自分の歌のことをまず考えるのが歌人であり、歌人の強さなのだと思いました。

・をちこちの花の報せを見聞きして抑へがたかり 老いの欲望
 年を取って春の花の季節を迎えると、ますますその花を愛でたいという気持ちが湧いてくるのですね。

・わが最期までの長さを計りゐる時計はづさず 昼寝さへする
 人生の時間を惜しむ気持ちが表現された作品でしょうか。昼寝しているときも大事なわが人生の時なのです。

・待つことの久しき末の男孫きぬ 付録のやうに其の父も馳せ
 付録という表現がユーモラスです。孫への愛情が伝わってくる歌です。

・霜降りの髭剃りあげし頤をひりり疼かせ春の夕風
 下あごに生えた髭の色の霜降りという表現が洒落ています。理髪店を出ていくときの独特の爽やかさが伝わります。

(初出:「ぱとす」2026年春号)

 

 

ぱとす2026年春号後記

梅と魚籃観音像

 

 今年最初のぱとすをお届けします。ページがずいぶんと薄い号になりましたが、めげずに今年も頑張りましょう。

 表紙の写真は大田区仲池上の私有地にある梅と魚籃観音像です。この仏像は三年ぐらい前に突然この場所に出現しまして、何か事情があって一時的に置かれているのかとずっと思っていました。
 それからいつも花などのお供え物があるようになり、正式に安置されているらしいことがわかりました。

 

憂いを含むお顔

 AIにこの魚籃観音像の歴史と由来を訊ねたところ「建立の時期は一九五一年(昭和二六年)で、かつて同じ仲池上(旧・上池上町)にあった三和水産株式会社の工場内に建立されました。当時、クジラの加工などを行っていた同社が、命を落とした魚介類や動物たちの霊を慰める魚族供養のために祀ったものです。現在の仲池上一丁目二番地へは、建物の建て替えや拠点の整理に伴い、三年ほど前に改めて現在の台座に安置し直されました。台座や周囲の整備が三年ほど前に行われたため、一見すると新しいものに見えますが、観音像本体(石仏)は七〇年以上もの間、仲池上の地で魚たちの供養を続けてきたものです。地域の方々や会社の方が、この仏像だけは失くしてはならないと守り続けてきたという、非常に情熱のこもったエピソードを持つ仏像」なのだそうです。

 

 

 アメリカが主導して旧国際秩序は完全に崩壊し、高市自民党は衆院選で圧勝。これから日に日に世界は悪くなりますし、それは気のせいではありません。
 しかし、この世界に本当に存在しているのは阿頼耶識だけで、あなたがいま読んでいる「ぱとす」も実はまぼろしなのですが、この唯識仏教の話はまた別の機会に。 

(初出:「ぱとす」2026年春号)

 

「ぱとす2026年春号」表紙

 

岩井謙一歌集『バベルの時代』感想

 岩井謙一第六歌集『バベルの時代』を読みましたのでその感想を書きます。

・いつわらぬ影が伸びしてあくびする冬の夕べの深まりたれば
 猫の伸びする姿を描写した歌でしょう。確かに偽りが微塵もない生き物です。

・戦なき世に生きたれば履歴書に断絶あらずボールペン置く
 すでにほとんどの日本人にとって戦争は未経験です。このまま未経験で人生を終えるか、高市政権の発足によってにわかにわからなくなりましたが。

・深呼吸ときに聞こえる庭の土はるか地球とつながっている
 環境を大事にして私たちは生かされているという感覚を全ての人類が共有すべきでありましょう。

・里山に小さき地蔵の住みいたり水新しく花あたらしき
 下の句で大切にされていることがわかる地蔵に私も手を合わせたくなります。

・地動する惑星にあり感じざる大き回転ひと日が進む
 着眼点が面白い歌。私たちがあまりに小さい存在であるがゆえに当り前のことを感じることなく日々が繰り返されています。

・編みゆくに指のみであるsystemにバベルの塔の完成近し
 スマホを操作してなされるSNSの隆盛に代表されるネット社会の現状を詠んでいると思われます。完成が近いということは崩壊が近いということでしょうか。

・惜しげなく歩道のすみに香を落とし金木犀という道しるべ
 金木犀の大きな魅力である香りを上手に詠まれた作品。

・妻飼いしシャム猫青き瞳にて見上げる空あり額縁のなか
 この猫の絵が歌集の表紙に使われています。洋猫は独特の高貴な雰囲気があります。

・イエス言う「罪なき人から石投げよ」罪なき人のあまたいるらし
 ネットで繰り返される誹謗中傷を諫めておられます。現代は自分の罪と向き合うことの出来ない悲しい人々が溢れかえっています。

・焼酎の香り吐きつつ同僚とかたりし終電たまの金曜
 遅くまで働き飲んで帰った日を懐かしんでおられるのでしょうか。

・猫の灰小さきつぼに入れたるは妻にありたりわれにはあらず
 愛猫を葬ったときを思い出して詠まれた歌。特にその時の感傷は表現されていませんが、作者がこの世を去るときまで記憶される光景のように思えます。

(初出:「ぱとす」2025年冬号)